オンセンマン

コミック (デラックス)ボンボン」が廃刊になる・・・これは結構ショックな出来事だ。その時期、私はコミックボンボンでしか仕事をやってはいなかった。しかも、年末の押し迫った時期、(11か12月だと思う)しかも、{後一回}で終わりという・・・前にもこれと同じような出来事があった。そう、「バトルサンダー」「イチゴ一号」の時だ。雑誌は「ヒーローマガジン」。同じ「講談社」の仕事だ。担当も同じ人・・・「講談社で同じ本に2つ連載を持つと、持ったとたんに終わる」と言うジンクスが出来た。(実はこの後3度目の正直になる・・・・)とにかく何とかしないとだめだ。やっていけない。だがこんな時になんかスッキリしたような嬉しいような、気分になるのは何故か・・・・・!?おそらく「何とかなる」という楽観的な性格と、こんな状況を密かに楽しむことのできる「根拠のない自信」に満ちあふれていたせいだろう。「こういう状況に全く動じないかっこいい漫画家」は喫茶店の帰り道それでも少しは、「ああ、どうするかなあ・・・」と考えていた。

来年には一切何も仕事の予定のなくなった「未来の可能性が無限に広がる」漫画家は、「そうだ、忘年会だ。忘年会に行けば仕事が見つかるかもしれない!!」と、「夢屋(佐藤元先生の主催する会)」の忘年会に出席する。とりあえず、そうは言っても、こんな席で仕事の話などマナー違反だ。だが、背に腹は代えられない・・・ちょうどそこに、「角川」の編集さんがいたので話をする。そのころの少年エースは出来立てだが好きな雑誌でもあり、ここなら「アレ」をのせてくれるかも・・・!!と話を切りだしてみる。

「アレ」とはそう、オンセンマンのことである。実はこれは別の雑誌用に描いたモノだが、3話目まで、きちっと下絵の入ったネームが完成していて、(実際の連載はその三話の間に数話入っていて、このときのラインナップとは異なる。その一番の理由は、3話目のプーレディの回が、寒い季節にやっては勿体ないという理由である。実際ネームを考えたのは、熱い暑い夏だった。)このネームをいろいろな出版社に持っていったのだが、どこも色好い返事は聞けず、まあ、今から考えると何故この作品にこれほど固執したのか自分でもよくわからないのだが、(おいおい)そういったわけで、どこの編集者にあっても撃つべき『弾』は用意されていたのだ。ッてなわけで、オンセンマンはめでたく「少年エース」に掲載される運びとなる。

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